あなたも電車が入った絵をお好きですか
私は電車が入った絵を時々描いています。
これまでに3作品を、お求めいただきました。
私も電車が入った絵を好きですが、好きな方が結構おられる様です。
絵で電車はどのような力を発揮しているのでしょうか。
私の作品も見てもらいながら、少し掘り下げてみます。
風景画において電車はどんな作用をもたらすのか
絵の中に描かれた電車は、絵を見る人にどんな感情をもたらすのでしょうか。
私は、電車の入った風景画には、実は独特の感情を呼び起こす力があると思っています。
電車は単なる風景の構成要素ではなく、そこに「時間」や「人の暮らし」を感じさせる存在なのではないでしょうか。
1.懐かしさ、記憶を呼び起こす
電車には、見る人自身の記憶を呼び起こす力があります。
- 子どもの頃に乗った電車
- 通学や通勤で通った駅
- 旅先で出会った風景
- かつて訪れた街の記憶
絵の中に描かれた電車が、見る人の個人的な記憶と結びつくことがあります。
特に50代、60代の方にとっては、昔の駅や電車などが、自分の人生の一場面を思い起こさせることもあるでしょう。
私にも子供時代の忘れられない電車の記憶があります。小学校の修学旅行です。
香川県坂出市にある鴨川駅から高知へ行きました。当時はまだ、なんと蒸気機関車・SLでした。
母に駅まで送られ、不安ではあれど期待を持って列車に乗ったのを覚えています。
列車の煤が窓から入ってきたり、高知の山中では坂がキツくてスイッチバックしたり。
旅先での記憶はほとんどないですが、列車の記憶だけは残っています。
ただし、私はSLが懐かしいのではありません。 懐かしさは必ずしも古いものから生まれるものではないのでしょう。
現代的な電車でも、街並みとの関係によってふと懐かしさを感じる瞬間がありますよね。
<<現在の鴨川駅を描いた作品>>

これは、夕方の無人駅をモティーフにした作品です。
街での仕事が終わって自宅のある駅に戻り、ほっとした瞬間を絵にしました。
鮮やかな夕暮れの空のもと、今、無人駅に電車が停車し、降り立った人たち。彼らの耳には、未だ昼間の喧騒が残っているかもしれません。しかし、心をささやかな幸福感が満たしつつある。そんな瞬間です。
2.想像の翼を広げる
電車は、ある場所から別の場所へ移動するものですから、時間の流れや、人生の旅路を感じさせてくれます。
そのため、絵に電車が入ると、自然に「これからどこへ向かうのだろう」「どこから来たのだろう」と想像します。
私の様なジーさんでも、赤毛のアンの様に想像の翼が広がっていきます。
例えば、こんな風に!
- 過ぎ去った時間
- これから始まる時間
- 人生の旅路
- 出会いと別れ
特に、駅に停車している電車と、走り去る電車では、感じる時間が違います。
停車する電車には「一瞬の静けさ」があり、走る電車には「時間が前へ進んでいく感覚」があります。
<<花畑を過ぎゆく電車を描いた作品>>

これは、自宅近くの何気ない日常の風景を捉えた作品です。
東山魁夷は「旅先で風景が描いてくれと迫ってくる」と語っています。春になると私もそんな気分です。
花畑の向こうを過ぎゆく電車にはどんな人が乗っているのでしょう。通勤や通学でしょうか。それとも、東京に出張。カップルもおられるでしょう。
様々な人生を載せて電車が過ぎていきます。
3. 人の暮らしの温かさを感じる
当然ながら、電車は人が利用するものです。
たとえ絵の中に人が描かれていなくても、電車があるだけで、その街に暮らす人々の存在が感じられます。
古い街並みの中をトラムが走っていると、歴史ある街が単なる観光地ではなく、今も人々が暮らす場所として見えてきます。
古い建物が過去を語ってくれ、電車が現在を語ってくれます。
その二つが同じ画面に存在すると、街の時間が重層的に感じられるのでしょうね。
<<古い街並みとトラムを描いた作品>>

これは、ドイツ南部の町・ヴュルツブルクの風景をモティーフにした作品です。
ここでは、歴史ある教会の塔や古い建物が並ぶ街角を、色鮮やかなトラムが走り抜けていきます。
1892年に馬車鉄道として始まったこの街のトラムは、長い年月にわたり人々の暮らしを支えてきました。
しかし、第二次世界大戦末期には、この街は激しい空襲によって旧市街の約9割が破壊され、路線網も大きな被害を受けました。
その後、人々の手によって歴史ある街並みやトラムが再建され、今日へと受け継がれています。
古い街並みと現代的なトラム。一見異なる時代のものが自然に溶け合う風景。
この街では、歴史を受け継ぎながら、新しい時間が刻み続けられていました。私は、過去から現在へと続く街の生命力を見たのです。
4. 静けさの中に動きを感じる
これは絵画表現として、特に興味深いところです。
風景画は一般的に静的なものですが、電車が入ることで画面に動きが生まれます。
しかし、必ずしも躍動感が強くなるわけではありません。
例えば、
- 静かな街並みを横切る電車
- 駅に停車した電車
- 遠くからこちらへ近づいてくる電車
- 雨上がりの街を走るトラム
それぞれに異なる感情があります。
電車は動いているのに、街は静かに佇んでいる。この対比が、画面に独特の詩情を生み出してくれるのでしょう。
<<近づいてくる電車を描いた作品>>

これは、坂の街・リスボンの朝の光景です。
急勾配の坂道を、小さな路面電車が静かに上っていきます。
まだ人影もまばらなリスボン旧市街に、朝焼けの光が少しずつ差し込み、一日の始まりを告げています。
古い街並みと路面電車は、長い年月を経ても変わらず人々の暮らしを支え続けています。
電車を描くことの本質は!
では、電車を描くことの本質は何でしょうか
私は、絵画作品において、電車は「時間を可視化する存在」になるべきと考えています。
例えば、私は、ヨーロッパの古い街並みと現代的なトラムとの対比に惹かれます。
そこには単なる新旧の対比だけではなく、
「長い歴史を持つ街の中を、今という時間が通り過ぎていく」
そんな存在として電車を描きたいと思っています。
電車は主役、脇役?どう描く!
私が、電車を描く際に大切にしていることがあります。
それは、「電車そのものを主役にするのか、それとも電車を通して街の時間を描くのか。」ということです。
私が風景画を描く際には、基本的に後者の考え方です。
電車を描きながら、実は、街の歴史や人々の暮らし、そして見る人自身の記憶を呼び起こす存在になってくれることを願っています。
そうすることで、単なる旅先の風景画ではなく、見る人の心に長く残る絵になってくれるのではと思います。
駅は、電車以上の存在感
駅もいいですね。
駅は、電車以上に「時間」や「人生」を感じさせる場所かもしれませんね。
駅には、いくつもの感情が重なっています。
- 出会いと別れ — 誰かを待つ人、誰かを見送る人。
- 旅立ちへの期待 — これから始まる新しい時間。
- 懐かしさ — かつて通った駅、もう戻れない時代。
- 静かな孤独 — 人影のないホームに残る気配。
- 日常の温もり — 毎日繰り返される、人々の暮らし。
特に面白いのは、駅が「時間の交差する場所」だということです。
過去から来た人、これから未来へ向かう人。そして、その場所に長く佇んできた駅舎。
僭越ですが、私もそんな思いでこの作品を描きました。
高松琴電・築港駅を描いた「夕焼けの終着駅」です。
まさに駅が持つ時間の感情が、制作を後押ししてくれました。
<<終着駅を描いた作品>>

終着駅に、今日も人々が帰ってきました。夕暮れの光が駅舎を赤や紫に染め始めています。
駅には、たった今到着した電車と、一日の営みを終えて慌ただしく家路へと向かう人たちの姿がありました。
人々を待っているのは、きっと、いつもと変わらぬ穏やかで温かな時間なのでしょう。
何気ない日常の中にある、帰る場所のぬくもりと小さな幸せを描きました。
やっぱり、電車が発着する、人の気配や動きのある駅は魅力的ですよね。
これからも電車の絵を描きたい
長くなりましたが、「電車の入って絵」について私の想いを語らせていただきました。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます。
今も一つ、電車の絵を描いています。まだ、描き始めたばかりで、これからどう仕上げていこうかと考えているところです。
夜に麦畑の中を電車が走り抜ける光景です。まだしばらくかかりますが、出来上がったら、見てくださいね。
私は、個展やグループ展で活動している画家です。
花と街の風景画を描いています。
若い頃にやっていた絵を再開して、すでに15年ほどになります。
個展やweb展示を通じて、50作品ほどをお求めいただいています。
絵をお部屋に飾ってもらって楽しんでもらうことが、何よりもの喜びです。
私の作品はこちら💁でご覧いただけます。
なかなか思い通りに描けず悩むこともありますが、「モノつくりの喜び」を大事にして、できるだけ長く絵を続けていきたいと思っています。
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