”ショーン・タン”油彩の風景画をご存知ですか?
ショーン・タンはイラストレーター、絵本作家、映像作家で、『レッドツリー』『アライバル』など大人向けの絵本作品で知られています。
絵本も素敵ですが、私は、タンが作品作りの観察画として描いている油彩の風景画が大変気に入っています。
ここでは、彼の油彩画の魅力に迫ってみたいと思います。
下の本『ショーン・タンの世界「ショーン・タン」』を参考にさせてもらいました。
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”ショーン・タン”の原点とは
タンの魅力を知るために、少し寄り道をさせてください。
私は、作家の生まれ育った場所や家庭環境や生き様に大変興味があります。何故なら、それを知ることが、作品をより深く理解するのに欠かせないと思うからです。
移民の町パースと”ショーン・タン”
タンは1974年に西オーストラリア州フリーマントルに生まれ、パース北部の郊外で育ちました。

パースはオーストラリア連邦西オーストラリア州の州都であり、「世界で一番美しい都市」とも言われています。また、英国「エコノミスト社」によるランキングで、これまで連続して「最も住みやすい街」(2021年6位)に選出されています。
パースの風土
パースは海外出身者の割合が人口の30%以上に達しており、異なる文化が共存する多様性にあふれた街としても知られています。
多数の高層ビルが林立するパース市街や、ニューヨークのセントラルパークより大きなキングスパーク、インド洋沿いの美しいビーチ、さまざまな歴史的な建造物など、多彩で魅力的な景観が広がっています。
近郊にはオーストラリアならではの雄大で美しい大自然があり、海にはアシカやイルカ、ジンベイザメ、ジュゴン、マンタなど大物に遭遇できる、最高のダイビングポイントが多数あります。
エメラルドグリーンの海と真っ白な砂浜、特にインド洋に沈む夕日は感動的でしょう。
気候は地中海性の、温暖で過ごしやすい気候です。 1日の日照時間は平均8時間、オーストラリアで最も天気の良い街としても知られています。
西オーストラリア州は、広大な面積を有するため、 北部の熱帯性気候、中部の砂漠気候、南部の温帯気候と3つの気候帯にわかれています。南部のパースの暮らしの易さがわかります。
パースの人々
パースは西オーストラリアではヨーロッパ人が建設した最初の大規模な入植地です。1829年になって自由移民の入植地であるスワン川入植地の首府としてパースが建設されました。
西オーストラリア州は鉱物資源が豊富であることから、 金、鉄鉱石、ニッケル、アルミナやダイヤモンドといった資源の発掘ラッシュによって移民を含む多くの労働者が流入し都市が成長しました。
安価な労働力を手に入れたい農家や実業家の要求によって、かってパースを含む西オーストラリアは犯罪者を住まわす流刑植民地でもありました。
タンの父親も中国系マレーシア人で1960年にオーストラリアへ渡ってきました。タンは子供の頃の体験から自らを次のように表しています。
「僕が生まれ育った西オーストラリアのパースという町にはたくさんの中国人移民がいました。彼らは街中では地元のオーストラリア人と共生していましたが、生活や文化となると全く異なり、そこには多くの誤解も見受けられました。彼ら中国人移民は孤独な男性が多く、農場や金鉱で働くために移住し、稼いだお金を自国の家族に送るなどしていました。そんな彼らの歴史を考えると、そこには胸が張り裂けるようなつらい思いや、大多数のオーストラリア人が気づかずにいるけど、伝えるに値する話などがあるだろうなと思いました」
「僕はいろんな文化に影響を受けて作品を描いています。多文化主義のオーストラリアならではの良い点だと思います。南アメリカ、中国、ヨーロッパ、オーストラリア先住民、そして日本と幅広い文化が存在しています」
絵本「アライバル」で人気作家に
タンは幼い頃からアニメーションやSF映画が好きでした。なんと11歳の時には絵入りのSF長編物語を自作しており、驚かされます。16歳の時にはSF雑誌の表紙絵で初めて原稿料をもらっています。
タンは名門の西オーストラリア大学に入学し、美術と英文学を学びます。大学時代にもSF雑誌にイラストを描いたり、同人誌に短編小説を発表していました。絵画と執筆の両立、彼にとっては、物語を視覚的にとらえることが自然であったようです。
卒業後、パースのマウント・ローリーにあるスタジオなどでフリーランスとして活動していましたが、2007年からビクトリア州メルボルンに拠点を移し、いよいよ本格的に作家活動を開始しました。
メルボルンは「芸術の街」とも呼ばれています。街中のストリートアートでさえ芸術的な街です。そんな街からタンは良い刺激をもらったことでしょう。

”ショーン・タン”の転機
そして、2008年、ついに一躍世界に踊り出ることになりました。文章をいっさい入れずに、鉛筆で描かれた作品『アライバル』で、タンは多数の賞を受賞しました。
『アライバル』はマレーシアから西オーストラリアに移住した父から聞いた体験談がモチーフになっています。「移民」をテーマにする『アライバル』は彼自身のルーツの探求と類い稀なる想像力が実った作品と言えます。
この作品の制作においては、実際に構想を練って描くという段階に先立って、長い期間をかけて美術館や図書館、博物館で資料調査をし、実際に移民の人々に体験を聴いたりしています。それらの下準備が重要な位置を占めており、作品に現実感を与えています。
当作品に対してタンは次のように述べています。
「作家としてのやり甲斐を感じたのは昔の世代の移民からの反応でした。ここオーストラリアに来た方や他の国々に住む方などから「とてもリアルで真に迫った作品だ」という感想をいただきました。ーーー「これはまさに私たちが体験し、感じたことだ」とーーオーストラリアに移住した方からも、他の国から別の国に移住した方からもーー」

『アライバル』表紙

『アライバルの1場面』
『アライバル』youtubeより
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”ショーン・タン”の油彩画
作品の特徴とは
タンは、ストーリー毎に線描・エッチング・コラージュ・油彩・パステルなど、画材を変えており、それが彼の大きな特徴の一つです。
また、タンを表する、こんな文章を見つけました。
「タンの作品は「オーストラリア特有」と評される。「平凡かつ異常、見慣れているのになじみがなく、特定の場所でありながら普遍的、安心と同時に恐ろしく、親密なのに距離があり、ストリートチルドレンでありスプレッツアトウーラである。美辞麗句はなく、誇張もない。そのもの以外の何物でもない」
最大の褒め言葉ですね。
観察画として描く
一方、タンは訪れた世界各国の都市の情景を油彩で作品作りの観察画として描いています。それらの絵はすべて15cm×20cmの小さな作品です。サイズを知らない時には、もっと大きな作品だと思っていました。
モチーフとなった場所の例を挙げると、次のように様々です。人物がいる風景もあれば、静物もあります。
- ミラノの夜景
- 東京やローザンヌのホテル
- ニュージーランドのビーチ
- シドニーの街角
- メルボルンの自身のアトリエなど
これらは、普通に考えると、それほど特徴のある場所ではないです。
しかし、タンの手にかかると、作品に独特のストーリーが生まれます。しかも、それはSMサイズに近い小作品なのです。
まるで5-7-5の17音で表された俳句のようです。
多くを語らずとも、描かずとも、そこに込められた思いを観る人が独自の解釈で感じ取ってくれる、そんな気がします。また、小作品だけにそういった努力が必要になろうと思います。
「風景画の旅」を愛する私にとって、これらの油彩画は大変示唆に富むものばかりです。まさに、こんな絵を描きたいものです。
風景画作品
以下にネットで見つけた油絵を載せています。タンの本には他にもたくさん掲載されていますので、興味のある方はそちらも。

荒々しいタッチで描かれた、薄汚れたトラックが、日々の生活の厳しさを伝えています。熱く、乾いた空気が感じ取れます。トラックにはどんな人が乗っているのでしょう。

5m近くあろうかという高い塀が、社会から拒絶された孤独感や反発感を象徴しているように感じます。

通りには街灯がなく、人通りもありません。しかし、2つの窓だけに明かりが灯っており、わずかな心の安らぎを残しています。ここにはどんな人が住んでいるのでしょう。部屋では何が起こっているのでしょうか。

ゴッホの糸杉を思い出すような力強い作品です。紅葉した黄色い葉と日陰の薄暗い建物の対比、荒々しいタッチが見事ですね。強い光と風に住民達の力強い生き様を感じます。
贈る言葉”ショーン・タン”
タンが、「アーティストの方々やアートを志す皆さんに、一つ覚えておいてほしいこと」として次のように語っています。
- (一つ覚えておいてほしいこと)それは想像することと制作することへの喜びです。前向きでいて、他人の意見やスタイルに悩んだりせず、自分自身が一番楽しめることに目を向けてください。
- 僕が毎回(作品の評価で)驚かされるのは、実は一番奇妙で、個人的で、変わっていて、癖のあるものだということです。たとえそれが変で奇妙で理解不能なものであっても、それを見た他人の感情を呼び起こすことが多い。
- 自分自身が作品に満足して成功していると感じられたなら、他人がどう評価しようと、きっとあなたは成功しています。あなたがどう感じるかです。他人とのコミュニケーションも楽しんでください。
私自身、悩み多き絵画人生ですが、タンの示唆の富む言葉に元気をもらいました。
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