写真家”ソール・ライター”はこんな人 美の原点「幸福の追求」

”ソール・ライター”美の原点

”ソール・ライター”をご存知ですか?

50歳代後半に華やかな写真家の座を退き、金や名誉を求めずに、毎日ニューヨークの街を歩いて、ストリートスナップを撮り続けた人です。

ライターは『どんな生い立ちや生き様であったのか?美の原点は何なのか?』ご紹介します。

”ソール・ライター”の写真は、
なぜ感動を与えるのか

NHKの日曜美術館で初めて彼の作品と生き様を知って、大ファンになりました。

それまで報道写真は好きでしたが、正直なところ写真作品にはあまり興味がわきませんでした。

何故なのか明確には言えませんが、写真は絵画と比較すると、嘘っぽく表面的なものと感じてしまうようです。特に風景写真などには。

そんな私が”ソール・ライター”の作品を観て強烈に惹きつけられました。

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感想(7件)

 

生い立ち
”ソール・ライター”

私は、アーティストの生い立ちに興味があります。それは、アーティストの作品を理解するのに不可欠だと思うからです。

ライターは1923年12月3日、ペンシルバニア州のピッツバーグに生まれました。
ちょうど第一次世界大戦の頃です。

両親ともにユダヤ教徒、父親はユダヤ教の学者であり聖職者(ラビ)でした。

ライターは、父の望みでユダヤ教の学校に進みます。将来はラビになる予定でした。厳しい戒律のもとで学校生活を過ごしています。

ライターは学者である父の時折見せる冷酷な顔を嫌っていました。ライター家で尊ばれたのは知的能力や学問であり、優しさではありませんでした。
純粋とか高貴さにこだわる宗教にも疑問を抱いていたようです。

12歳の時に母親に最初のカメラを買ってもらっており、写真を趣味にしていました。
その頃から芸術に傾いていったのかもしれませんが、本人は後に「そこまで真剣に打ち込んだわけではなかった」と述べています。

1946年(22-23歳)の時にアーティストを志してニューヨークへ移ります。

父親に学校を退学してアーティストになりたいと告げたとき、父親からこのように言われます。
「シャガール(画家)になってもいい、チェーオフ(文筆家)になってもいい。物書き、画家はいいが、写真家は職業のなかでも最も低いものなんだ。」
写真家が軽視されていた時代でした。

ライターは当初、絵画に関心を持っていたようですが、抽象表現主義の画家リチャード・パウセット=ダートと出会い、写真を勧められて写真家の世界に入っていきます。

その頃のリチャードはカメラを改造して色んなことを試していました。
ライターはそれを見て写真の可能性に気づきました。

ライターは写真家になった時のことをこのように述べています。
「人生の準備は全然できていなかった。自分の図太さに呆れる。どうして写真家としての将来に希望があると思えたのか」

実際、写真家として名声を得るまでは、母からの仕送りでなんとか生活をしていました。

28歳になると雑誌「ライフ」に彼のモノクロ写真が掲載され始めます。

1957年に、MoMA(ニューヨーク近代美術館)の写真展に出品する機会が巡って来、ついにライターの輝かしき写真家人生が始まりました。

華やかな芸術家人生から
幸福の追求」まで

それでは、ライターの芸術家人生はどのようなものだったのでしょうか。

華やかな写真家時代

ライターは1952年28歳でニューヨーク市東10丁目2番街付近に移り住みます。
そこで、亡くなるまでの60年間以上を過ごしています。
その地区は家賃が安く若いアーティストや移民が多く住んでいた場所でした。

30代半ばから50代にかけて、
ライターは、商業カメラマンとしてファッション写真や広告写真を手掛けます。

この当時は羽振りも良かったようです。

ライターは商業写真を撮影する時に、スタジオよりも街路で撮影することを好みました。彼にとって、スタジオはインスピレーションの沸かない退屈な現場でした。

次のようにコメントしています。
「スタジオでは全ての要素が写真家の指示のもとに組み立てられる。主体がカメラマンであり、被写体の意思ではない」

ライターは、近隣(歩いて20分ほどの狭い範囲)で、仕事とは関係なくストリートスナップを撮り続けていました。

”ソール・ライター”美の原点
街路で撮った商業写真

 また、ライターはこの頃の心境を次のように述べています。
「父が私のすること全てに反対したためか、成功を避けることへの欲望が私のどこかに潜んでいた。」

写真家としての名声を求めないことで、「父への忠誠を示したかったのでは」と言われています。

隠遁生活から世界の写真家へ

ある日、ライターは商業写真の撮影中にスタジオから飛び出してしまいます。スポンサーから度重ねて意にそわぬ注文を受け爆発したようです。

結局、ライターは1981年50代後半に第一線から身を引いて隠遁生活を送るようになります。

これが、ライターの「幸福の追求」への第一歩になりました。

それ以来、ライターはあくまでも自分の作りたい作品を自分のために作りました。金や名誉を求めずに、毎日、カメラを持って出ていき、日常に目を向けストリートスナップを撮り続けました。

そしてついに、撮り溜めた膨大なスナップショットに日が当たる時が来ます。

83歳の時に、50年以上撮り続けたスナップショットが、ドイツの出版社によって作品集「アーリーカラー」として出版され、初めて世界で注目されることになります。

85歳の時には、ヨーロッパで初めての展覧会が開かれました。

世界的に注目されながらも、89歳で亡くなるまで、生活スタイルを変えることなくストリートスナップを撮り続けました。

2013年11月26日没

2017年にBunkamura ザ・ミュージアムで日本初の回顧展が開かれています

”ソールライター”
作品の特徴

ライターの写真はドラマチックです。一枚の写真で名作映画を見終わったような感動を与えてくれます。

多分誰にでも、ライターチックな写真を撮ることが可能だと思います。

しかし、人々を感動させられるかどうかは別なのではないでしょうか。

ライターの写真は次のように分類されます。

特徴1 巧みな構図

映り込み

直接、被写体をとらえるのでなく、街のショーウインドウであったり、車の窓などに映りこんだ景色を好んで撮影しています。

”ソール・ライター”美の原点
映り込みの構図
撮影位置

高い位置から見下ろしたり、ドアの隙間や車窓越しに覗いているケースもあります。

”ソール・ライター”美の原点
見下ろす構図

特徴2 鮮やかな色彩

ポイントとなる物にビビッドな色を持たせています。

ライターの言。「誰もがモノクロのみが重要であると信じていることが、不思議でたまらない。美術の歴史は色彩の歴史だ。」

”ソール・ライター”美の原点
鮮やかな色彩

特徴3 1/3構図

大胆に画面を分割し、画面の1/3だけを使って、その片隅に物語を配置しているケースがあります。撮りたい対象が大写しにされることはなく、あったとしてもボケています。
ライターの言「私の好きな写真は何も起きていないように見えて、片隅で謎が起きている写真だ」

”ソール・ライター”美の原点
1/3構図

特徴4 気象を生かす

ライターは雨や雪の日に撮ることを好みました。

ガラスが水滴にまみれていたり、雪がカラフルな色を消していたり、光が斜めになって濃い影がさしていたり。

そこは俗世界の生々しさが消失した世界とも言えます。

”ソール・ライター”美の原点
気象を生かした表現

映画「急がない人生で見つけた13のこと」

この映画はライターが亡くなる数年前の2010~2011年に撮影されました。

映画は、30代の若いイギリス人ディテクターとの会話形式で進んでいきます。淡々とライターの日常生活を撮りながら、写真や人生への思いを聞き出しています。

ライターの作品と人生観をよく理解できますので、良かったらご覧ください。

オンラインの楽天TVでレンタル配信していました。

ライターがいう13のこととは!

タイトルにある「見つけた」とは、「気づいたこと、続けたこと」というくらいの意味で使われているようです。

  1. カメラ
    「もしかしてカメラで食べていけるかと思った。自分の図太さに呆れる。」
  2. 箱入りカラー
    「私は、カラー写真の先駆者と言われるがどちらでも良い。これまでの写真家たちの試みを見れば、何も私の作品に新しいものはないとわかる。」
  3. 遺す
    「画家もそうだが写真家も、作品ができても誰にも見せなければ買われもしない。自分で持っていて捨てもせずにみんな抱え込んでいる。捨てたくはないが、見えないところにおきたい。」
  4. 神に至る道
    「もしも優しさが知識や偉大さの追求を邪魔するとしたら、優しさなど捨ててしまえ。(本心;そんなことでは決してない。優しさこそが神に至る道だ)」
  5. 写真を本気で
    「世の中全て写真に適さぬものはない。写真はものの見方・大切さを教えてくれる。」
  6. じっとしている
    「この建物には1952年以来住んでいる。他の場所に住んでいたらまた違った人生だったであろう。例えば田舎などに。」
  7. 写真を探しに
    「あらかじめ計画して何か撮ろうとしたことはない。瞬間を捉えるのが楽しい。とにかく見えたものに反応する。」
  8. 良い仕事を
    「個人的な写真と仕事の写真に区別はない。いい写真を撮ろうとしただけだ。ただ私の写真はたぶん個人的なことにどこかで結びついていた。」
    「自由にさせてもらえるなら、いい写真を撮る。そうさせてもらえないなら悪い写真を撮る」
  9. 心良い混乱
    昔のネガやポジが無造作に箱に入れられている。
    「無秩序には独自の魅力がある。全てを知るのは良くない。心地よい混乱状態というのは時として実に気持ちがいい。特に少し壊れている人間には」
  10. 左耳をくすぐる
    「私の好きな写真は何も写っていないように見えて、片隅で何か謎が起きている写真だ。私の写真の狙いは見る人の左耳をくすぐることだ。」
  11. 芸術を分かち合う
    「ソームズ(妻)と絵画についてたくさん語り合った。ソームズは、他に誰も私に興味を示さなかった時にも、私の才能を信じてくれた。お互いに大切に思える誰かが一緒にいることの方が成功よりも大事だった。」
  12. 急ぐ必要はない
    「私は物事を先送りしてしまう人間だ。急ぐ理由が私にはわからない。」
    「人々が深刻に受け止めていることを見ると、大半はそんなに深刻に受け止めるのに値しない。」
  13. 美を求めて
    「私は美の追求というものを信じている。美しいものに喜びを感じることに言い訳はいらない。」

人生観について

ライターは、次のように述べています。

「私が敬意を払うのは何もしていない人たちだ。幸せの秘訣は、何も起こらないことだ。取るに足らない存在でいることには、計り知れない利点がある。」

ライターは、人生の階段を登るように、あえて努力して夢に到達しようとはしませんでした。

幸福について、またこのようにも述べています。

「幸福は馬鹿げた概念だと誰かが言っていた。兄からも、幸福の追求を大切だと思うなんて、お前はどうかしてるよとも言われた。幸福は人生の要でない。大切なのはもっと他のことだと」

人生の要は「成功を収めること」であるという考えに反論したものでしょう。哲学者「三木清」のコーナーで書きましたが、ライターは真の幸福を理解していた人であったようです。

幸福と絵画 哲学者三木清「人生論ノート」

ライターは日本で大変人気があります。それは、人々が成功を求めて走っていた高度成長期が過ぎ、現代が『幸福とは』と再考する時代だからでしょうか。

最後に

ソール・ライターはいかがでしたか?

ライターを好きになっていただければ嬉しいです。

ライターの写真はスナップショットですが、プロが観ても技術的に優れているようです。

ライターチックな写真を撮ることは容易ですが、真にライターに近づくのは容易ではないはずです。

彼の拓跋した技術に、宗教家や哲学者とも言えるような知性や人生観が加わったからこそ、誰にも撮れない写真を撮れたのではないでしょうか。

他にもいろんなカテゴリーの投稿をしています。

ホーム画面からご確認ください。

 

Youtubeにも投稿

「風景画の旅」と言うテーマで、国内外の風景と自作絵画を動画にしてご紹介しています。

こちらもお立ち寄りください。お気に入りのモティーフが見つかるかも!

グランfチャンネル

私もライターの影響を受けて、稚拙ながら街の風景を描くようになりました。youtubeでご覧ください。

ABOUT US
グランFgranf1765
第二の人生に入り、軽い仕事をしながら、風景画を描いて過ごしています。現役の時に絵画を始めてから早10年以上になります。シニアや予備軍の方々に絵画の楽しみを知っていただき、人生の楽しみを共有できればとブログを始めました。