”日本人の美意識とは”どんなものでしょうか?
興味ないことかもしれません。
しかし、日本に生まれ育ち、絵に携わる以上は、日本人の美意識を知っておくことも大事なはずです。
難しいテーマですので、東山魁夷の言葉を借りながら、日本人の美意識についてまとめました。
知っておくべき日本人の美意識
日本人の美意識は、独特の風土によって形作られ、培われてきました。
長い歴史の中、日本には外来の文化が絶え間なく入り込んできましたが、日本人の美意識は、今も我々の心に脈々と受け継がれています。
絵を描くものにとっても、この日本人の美意識について正しく理解しておくことは、大変大事であると思います。
しかしながら、大変難しいテーマです。
なので、東山魁夷の言葉を借りて「風土と歴史的背景に基づく日本人の美意識」について、まとめました。
魁夷は著名な日本画家ですが、一方優れた文筆家でもあり、優れた洞察力を持った方です。
このページが、絵を描ている方々の参考になれば幸いです。
日本の風土と美の関係
日本は、南の亜熱帯的な景観から北の亜寒帯的な性格を持つ風土に及んでいて、さらに四季の推移が鮮やかです。
また、高い山が多く、山頂には雪、中腹は紅葉、麓はまだ緑という情景にも出会えます。
こんな日本の風土について、魁夷は次のように述べています。
- 山と海が日本を代表する二つの大きな要素である
- 変化に富んだ複雑な海岸線で、波静かな砂浜、荒い磯、静かな内海、波の高い外海など様々な海景がある
- 太平洋と日本海という、性質のたいへん異なった二つの海岸がある
- 流氷の押し寄せる北の海と珊瑚礁の美しい南の常夏の海がある
- 地形上での変化がある上に、四季の移り変わりがある
- 天候や時間を加えると尽きることのない千変万化の様相である
そして、日本の風土を次のようにまとめています。
- 湿潤な気候によって霧や霞を伴い易い。そのため、大陸の乾燥した空気の中で見る鮮明さとは違い、抑制された柔らかみのある独特な色感が生まれる素地がある
- 多彩と淡彩、華麗と幽玄という対称的な性格を併有し、きめ細やかで味わい深いという点で、世界にも比類のない風景である
日本人の美的嗜好について、このような風土が計り知れない影響を与えていることは確かでしょう。
日本の美の歴史を辿る
魁夷は、歴史的にも日本の文化をとらえています。
魁夷は、
「人間の精神的基盤というものは、幼年時代にできるというが、民族の精神的な基盤も古い時代に出来上がったのではないか」
と語っています。
特に、縄文・弥生そして仏教伝来後の飛鳥・奈良・平安時代あたりを重要視しています。
魁夷の紹介に従って、縄文から現在までの日本文化の変遷を辿っていくと、その意味をよくご理解いただけると思います。
縄文時代の美
縄文文化は、日本の美術史上で一番古いものと言えます。
その土器や土偶について魁夷は、
「特色のある造形感覚をしており、怪奇で、呪詛的で、エネルギッシュで私たちの美的感覚からは、非常に異質」
と表現しています。
写真の土器や土偶を見ると、魁夷がいう「私たちの美的感覚からは、非常に異質」という言葉にまさに納得できます!
実は縄文文化については、古来、あまり触れられてこなかったのです。
昭和期の万国博覧会で岡本太郎が『太陽の塔』のモデルに縄文土偶を取り上げたことで、人々が縄文文化に注目するようになりました。
万博のメイン施設にすっくと立つ『太陽の塔』は異様な姿でしたが、万博のシンボルとなって愛されました。
このように、縄文土器や土偶は、少なくとも我々の美的感覚とはかけ離れたものだったのです。
土器は、装飾がありすぎて使いづらいものですし、異様な文様が施されています。
さらに、土偶はまるで宇宙人のような姿で、とても同じ、まして古代の日本人によって作られたものとは思えない姿です。
以前に、私も縄文展を鑑賞したことがありますが、その異様さに本当に驚かされました。
話は変わりますが、
歴史学者によれば、縄文時代はある意味豊かで、狩猟するのは短い日数・期間であったとのこと。
私は、残りの日々は祈りの儀式などに使ったと考えています。
実際、南西諸島の竹富島では、そう言った儀式が数多く残され、日常生活の中で多くの時間を割いて実行されてきたと伺いました。
すみません、少し脱線しました。🤗
弥生時代の美
弥生文化について魁夷は、
「弥生土器では、単純で、おおらかな形で、縄文土器とは全く違った感覚のもの」
と語っています。そして、
「縄文文化から弥生文化への移行が大した衝突もなくなされ、そののちの日本文化というものは、主に弥生文化の持つ要素が大きく作用している」
確かにそうです。
縄文時代で書いたように、土偶を模した万博の『太陽の塔』を見た人々は、まるでアフリカなどの異国文化に触れるような感覚であったわけですから。
それでは、縄文文化は日本人の中でどうなっていったのでしょう。
魁夷は縄文と弥生の美について次のように説明しています。
「縄文文化というものは、日本文化の主流にはならなくて、その底にある。つまり両文化が表と裏になって、その後の日本の文化を形成している。」
すなわち、
「一方は強く、激しく、一方は優しく、おおらかで、単純である。そして、優しく、簡潔なフォルムの方が表になって、強い方が内に包まれている。」
この言葉は、以降の日本文化をよく表していると考えます。
ざっと以降の時代を振り返ります。
飛鳥時代の美
中国から渡来した仏教文化の時代です。
仏教芸術としては『法隆寺の釈迦三尊像』が有名ですが、この頃は伝来間もないためか、大陸風のエキゾティックで厳しい感じの姿です。
奈良時代の美
魁夷は、奈良時代の代表的な仏教芸術として法華堂の月光・日光をあげています。
これらの像の顔や体は、飛鳥時代のものよりもやや丸みを帯びて、優しく穏やかな表情をしています。
魁夷は、これらを「日本人好みに合う形・姿・表情」と表現しています。
平安時代の美
貴族社会が全盛の時代を迎えます。
そして仏像は、定朝作品に代表されるように優美で、いっそうふっくらしたものになります。
また、貴族文化を代表するものに大和絵があります。
登場する主人公たちの姿やその背景は、たいへん繊細で情緒的です。
顔は、やはり丸々としていますね。
鎌倉時代の美
武士の時代を迎え、作品は写実的になり、引き締まって、厳しいものになっていきます。
これは鎌倉時代に作られた金剛力士像です。
室町時代の美
この時代には禅宗が盛んになり、茶道が起こり、石庭も作られました。
簡素化されて、精神が研ぎ澄まされていきました。
雪舟の水墨画もこの時代の作品です。
安土桃山時代の美
日本の美術史上、もっとも豪華絢爛な時代です。
大名や豪商たちが作り上げた文化です。
この作品は、狩野永徳「唐獅子図屏風」です。
英雄の気迫がこもった、豪快な芸術です。
高価な金箔を多用して、剛健で華麗な美を表現しています。
魁夷はこの時代を「日本の絵画のもっともモニュメンタルな形式をもった時代」と評しています。
まさに金に糸目をつけずに芸術を追求した結果でしょうか。
芸術には社会の平和と安定、そしてお金も重要ですね。
江戸時代の美
江戸時代は町民文化が花ひらいた時代です。
庶民文化の頂点とも言える浮世絵が盛んになります。
これは、葛飾北斎の作品「富嶽三十六景・神奈川沖浪裏」です。
北斎、広重など、浮世絵画家たちの作品は、ゴッホやモネなどヨーローパの画家たちにも大きな影響を与えました。
一方、宗達・光琳など、まさに日本的な装飾美が高められた時代でもあります。
この辺で、完成の域に達した感がありますね。
明治時代以降の美
明治時代になると西洋文化が凄い勢いでドット流入してきます。
西洋文化はあまりに強烈なインパクトであったため、一時期はこのまま日本文化が滅びるのではと見られるほどでした。
しかし、日本的なものは滅びず、現在までねづよく存在してきました。
この作品は、明治期を代表する画家・青木繁の代表作「海の幸」です。
私も好きな作品です。
油彩で描かれていますが、決して西洋文化に飲み込まれたものではなく、日本人の美意識にフィットする作品だと思っています。
日本人の美の感性
温暖な、照葉樹林を豊富に持っていた島国・日本は、狩猟時代から自然と深く結びついた生活をしていました。
そこに、大陸から農耕文化が入ってくると、自然との結びつきが自ずといっそう強固になっていきました。
これに対し、魁夷は次のように述べています。
「春の芽生え、夏の茂り、秋のよそおい、冬の清浄、そうした自然の流転の姿を眺めて、人間の生と死の宿命を、またその喜びと悲しみを、私ども日本人は、すでに仏教伝来以前から肌に感じていたのではないか」
それは、そののちのいかなる時代の日本人の心にも受け継がれ、刻み込まれて来たのです。
また魁夷は、日本人の美のとらえ方にも着目しています。
魁夷は、「ヨーロッパのように哲学的に知性で捉えるというよりも、日本人には情感の比重が大きい。そのため、芸術的な方面で輝きとなって現れている」と語っています。
すなわち、「日本人の情感のデリカシーは世界に比類のないもので、中国や西洋のような、一種の執念ともいうべき徹底性は、日本の絵画には稀だ」と解説しています。
このことについて、魁夷は中国の画家牧谿(モッケイ)を例にあげています。
というのも、日本では、中国の牧谿の絵をたいへん尊重しますが、中国の美術史の中ではあまり大した画家とはされていないからです。
牧谿の絵は日本の風土の中でその真価を認められたのです。
魁夷曰く「牧谿の絵は非常に雰囲気があり、シンには強いところがあるがそれを内に包んでいて、潤いのある、柔らかみの表現となっている。そして、情緒というものがあり、詩があります」と説明しています。
それこそが日本人の好みであり、また日本人のデリケートな感覚にもっとも適しているのですね。
”日本人の美の感性”については、これで言い尽くされているのではないでしょうか。
東山魁夷の美への想い
それでは、魁夷自身の美感とは、どんなものでしょう。
心象風景
魁夷が好んで描くのは、人跡未踏といった風景でなく、人の息吹がどこかに感じられる風景です。
しかし、魁夷の風景の中に人物が出てくることはまずありません。
その理由の一つとして、魁夷は、
「私の描くのは人間の心の象徴としての風景であり、風景自体が人間の心を語っているからである」と述べています。
例えば、魁夷は古く小さな町を好んで描いています。
なぜなら「家々の壁には、何代もの人々の体温が染み込んでおり、その町の人の生活に人間らしいゆとりが保たれているのを感じられる。」からです。
魁夷は風景画家ですが、彼が描いているのは、「自己の内部にあるものが外の世界と呼応しあって結んだ映像、すなわち”心象風景 ”」です。
そのことに対して魁夷は、
「個々の眼を通して風景を心に感知するのであるから、厳密な意味では誰にも同じ風景は存在しないとも言える。ただ、人間同士の心は通じ合えるものである以上、私の風景は私たちの風景となり得る」
とも語っています。
たとえ個人的な心象風景であっても、人間同士の心が通じあって他の人にも感動を伝えることができると言うことでしょう。
清涼な自然
魁夷が常に大事にしているのは、清澄な自然と素朴な人間性に触れたときの感動です。
魁夷は「風景は心の鏡であり、汚染され、荒らされた風景が、人間の心の救いであるはずがない」と言い切っています。
そして、このようにも!
「絵画は想像によっても出来上がるものですが、しかし、自然の形を借りて表現する以上、もっとも良い状態の自然を見なければ、なかなか最後の仕上げの時まで自分の感激を持ち続けるということは難しい。そういう時に巡り合うという幸せは、やはり自分の意志で得られるものではないように思われる」
平凡な風景の美
魁夷が、平凡な風景や自然にその輝きを見たのは、戦争のために、絵を描くことはおろか、生きる望みさえ失った瞬間でした。
その時は心がもっとも純粋で、意識せずとも自我の欲から解放されていたわけです。
魁夷は、
「国立公園や名勝と言われる風景は、それぞれ優れた景観を持つものだが、人はもっとさりげない風景の中に、親しく深く心を通わせ合える場所を見出すはず。」
「異なった風土での人々の生活を興味深く眺めるのも良いが、私たちの住んでいる近くに、例えば、庭の一本の木、一枚の葉でも心を籠めて眺めれば、根源的な生の意義を感じとる場合がある」
と語っています。
全てが同根の存在
私たちは、先にも書きましたように一年中目を飽かすことのない四季の変化を眺められます。
日本には、大陸にあるような大規模な風景は少ないですが、親しみやすく、また人間の心に温かく触れ合える、そういう風景が至るところにあります。
魁夷は、幼い頃から「自然を人間と対立するものとしない感じ方、考え方が、芽生えていた」と語っています。
また次のようにも。
「私はずっと以前から、自分は生きているのではなくて、生かされていると感じる、また、人生の歩みも、歩んでいるのではなくて、歩まされていると感じる、そういう考えのもとに道をたどってきた」
「そう感じることによって、地上に存在するすべてのものと自己とが同じ宿命につながる、同じ根をもつ、同根の存在であると感じたのだ」
それ以来、魁夷は、見る風景、相対する風景の中に、心につながる大自然の息づかい、鼓動、そういうものが聞こえるようになってきたと語っています。
山の雲は雲自身の意志によって流れるのではなく、また、波は波自身の意志によって音を立てているのではないと。
「そうであるなら、この小さな魁夷自身も、また、その導きによって生かされ、動かされ、歩まされているのではないか」と。
最後に
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
これまで日本人は、外来文化に対して、ほとんど無抵抗に受け入れ、舶来文化を楽しんできました。
すなわち、継続的に外から文化とか、あるいは民族とかが流入し、ここに居座ってきました。
この国民性は、四方を海に囲まれる島国日本の、地理的な、宿命的な条件なのでしょう。
しかしながら、一方で日本人の美の感性・好みはこれまで述べた通り、連綿と続いています。
しかもそれは、外来文化によって、いっそうブラッシュアップされているようにも感じられます。
私は、現在、油彩画を描いていますが、伝えられてきた日本人の美意識を大事にしていきたいと思っています。
※このページを書くに当たっては「東山魁夷 日本の美を求めて」を参考にさせていただきました。
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