”モネから学ぶ日本の美”と題して、モネに影響を与えた日本美を見つめました。
ところで、日本の美とはどんなものでしょう?
日本人なら皆なんとなくなら知っていますが、明快には!といったところでしょうか。
今回は、モネの風景画から逆に日本美の真髄を探ってみました。
モネの風景画に見る日本の美とは
モネは油彩画だけでも2000点近い作品を制作しています。
初期には家族をモデルにした人物画も描いていますが、作品の大半は風景画です。
その風景画は、次のように分類されます。
- 初期「近代都市パリの情景と郊外の行楽風景」
- 後半「フランス国内の海岸風景」
- 最終段階「連作という独自の表現」
モネが浮世絵など日本美術に関心を持ち始めたのは「かなり早い段階であったのでは」と言われています。
ただし、本格的に日本的な構図や色彩技法を取り入れたのは最後の「連作」あたりからとされています。
先に、ざっとモネの人生と作品を辿ります。
モネの絵画人生と年代別作品の特徴
クロード・モネ 1840 – 1926 86歳死去
1840年11月14日 パリのモンマルトル地区で生まれました
モネが5歳の頃、セーヌ川河口の町ル・アーヴルに転居します
幼い頃から絵が好きで肖像画などを描いていましたが、画家・ブーダンと接点があり、その際に
「自然を観察することが風景画の基礎である」と学びました
1859年 奨学金を得て、パリに出てモンマルトルに住み、画塾に通って絵の勉強を始めます
画塾ではルノワール、シスレー、バジールと親しく交流しています
1860年代 バジールと共に、フォンテーヌブローの森で風景画を、またノルマンディー海岸で海景画を描きました
モネはこの頃すでに、ノルマンディー海岸やパリの情景を二点の対作品として描き、季節や時間の推移に目を向けていました
ノルマンディー地方 サン・タンドレス 1867年
左側:昼間の光景 右側:夕方の光景
1867年 パリ万国博覧会が開催され、日本美術が紹介されました
1870年代 「サン・ラザール駅」の連作などに取り組んでいます
パリ サン・ラザール駅 1877年
個人的には、最も好きな作品です
駅を利用する人たちの様々な思いが込められているように感じます
1874年〜1886年 モネたちは、パリのサロンとは別に「印象派グループ展」を8回開催
当時のサロンは、ギリシャ・ローマの「神話画」、聖書に基づく「宗教画」、古典文学などに関連する「物語画」でなければ入選が難しい状況にありました
そこで、モネたちは独自の展覧会を立ち上げました
最初のグループ展の出品作「印象・日の出」
フランスの港湾都市ル・アーブルの朝を描いた作品です
水明に映える光に色彩分割という独自の方法を使用しています
例えば、青を赤の隣に置いて、緑色を感じさせています
現場写生で速写しており、油絵の具が未乾燥な状態で重ね塗りした作品です
1883年4月 家族と共にジベルにニーに居を移しました
1880年代 モネはフランス国内を精力的に歩いて制作します
それらの場所は、次のようなフランスの景勝地・観光地であり、作品はいわゆる名所図絵ともいえます
- ノルマンディーのエトルタ海岸
- 地中海地方
- ブルターニュ地方(ベリール)
- フランス中部のクルーズ渓谷
エトルタ海岸・作品「マンヌボルト」1883年
日本美術などから示唆を受けて、奇抜な構図を実験的に採用した作品です
この頃のフランス沿岸地方の風景画には、北斎や広重の構図と色彩が感じられます
1880年代後半から90年代 モネは自宅周囲のモティーフに目を転じ、「ヒナゲシ」「積みわら」「ポプラ並木」「ルーアン大聖堂」などの連作に取り組んでいます
90年代の作品には、モネの嗜好が写実的な描写から装飾的な様式へ向かおうとしていることが伺えます
その傾向は連作によって頂点に達します
作品「セーヌ川の朝」1897年
この「セーヌ川の朝」も連作の一点です
連作では、画面の視点を固定して、季節や時刻や天候の推移による反射光の変化だけに関心を集中しています
これらの連作には次のような「隠された意味」があると考えられています
- 「積みわら」 豊かな農村風景を象徴
- 「ポプラ並木」 大革命以来、フランスの人民を連想させるもの
- 「ルーアン大聖堂」 代表的なゴシック建造物であり、民族的な精神の表明
1890年 モネがジヴェルニーに土地と家を購入します
のちに、小川から庭の池に水を引き、そこに睡蓮を浮かべ、絵のモティ-フにしています
1900年 睡蓮をテーマにした作品を描き始め、亡くなるまでの27年間、多くの睡蓮の連作に取り組みました
睡蓮の連作の構図には日本の障壁画(屏風や襖絵)が影響を与えているとされています
モネに見る日本の美
それでは、モネの風景画をもとに日本の美を考えます。
とはいえ、私には、荷が重いテーマなので、専門家の解説を参考にさせていただきます。
日本画家・平松礼二さんの解説
平松さんは印象派の画家たちを研究し、彼らが関心を持った「ジャポニズムの源流」を追い求めた方です。
まさに、このテーマにぴったりの方です。
平松さんは、かねてより東洋美術のルーツを辿りながら「日本画とは、日本美とは何なのか」を考え続けていました。
そんな時に、平松さんは、オランジェリー美術館でモネの「睡蓮」を観て、金縛りにあったような衝撃を受けたと語っています。
そして、その絵にこんな疑問を持ちました。
- なぜ遠景がなく近景だけを描くのか
- なぜモティーフに睡蓮を選んだのか
- なぜ屏風あるいは巨大な巻物のような構図なのか
平松さんは、この時モネの睡蓮に日本美を感じていたようです。
どこに日本美を感じたのでしょう?
平松さんは、それを美術史家・辻惟雄先生の次の言葉で理解しました。
「日本美とは装飾性、様式性、遊びごころ」
まさにそれが作品「睡蓮」にあったのです。
もう少し詳しく説明します。
日本美術と西洋美術の違い
日本では「わび・さび」の文化が、本流のひとつになっています。
そして日本美術では、装飾性を排した簡潔さや、色のないモノトーンの世界に美を見いだす文化があります。
しかし一方で、金銀をはじめとするきらびやかな素材と鮮やかな色彩を組み合わせた、絢爛で華やかな文化もまた、長く育まれてきました。
そして、日本画では風景を陰影やグラデーションではなく「面」で捉え、金銀の箔などを用いて装飾的に表現しています。
さらに日本の屛風絵は、大きな画面いっぱいに金箔をふんだんに貼ることで、空間の奥行きや空気感を失うかわりに、描かれた花や木や動物などの絵柄を圧倒的に印象づけています。
私も金箔を使った経験があり、「空間の奥行きや空気感を失う」というイメージは良く理解できます。
すなわち、日本美術では、写実よりも、見た目の心地よさやデザイン性を重視する傾向にあります。
いわば「遊び」の精神を尊ぶということです。
一方で西洋の絵画は、実際に見えるものをそのままに再現、いわゆる写実性を突き詰めていくことが古くからの主題でした。
そのため西洋絵画の本質はパースペクティブ(遠近感)にありました。
日本は「アンチ遠近法的」ともいえますね。
江戸時代には「琳派」に代表される箔を多用した装飾美術や北斎、広重らの浮世絵が隆盛を極めました。
このような、「大胆かつ楽しいデザイン」や「心地よさを優先させる日本人の美意識」は、現代のポップでかわいい文化にも生き続けています。
確かに「装飾性と遊びのこころ」は日本美術を特徴つける大きな要素ですね。
プロからこんな話を聞きました。
「日本では、必ずしも上手い絵が売れるわけではない。」
ポプラ並木の連作
参考:きらめく日本文化
モネと日本
1867年にパリ万博が開催され、極東の国・日本の文化が披露されました。
万博では「日本国」の名前を付した「日本画」が、また、併せて木版の江戸浮世絵版画が紹介され、日本美術は人々に衝撃を持って受けとめられました。
モネもたくさんの日本作品をコレクションしており、日本からの大きな影響が伺える画家の一人です。
モネ晩年の睡蓮の連作では、次のような絵を描いています
- 遠近感を無視
- 輪郭はぼやけて日本画の朦朧体のよう
- 水平線を入れずに水面だけを描写
まさに西洋画の原則を無視しています。
ここに、モネ晩年の言葉を紹介します。
「輝くような積みわらが私を惹きつけた。
もっとも、描き始めた時は、曇った天気と晴れた天気の2枚のキャンバスで足りると思っていた。
ところがある日、描いていた光が変わってしまっていることに気がづいた。
そこで私は、義娘に家からキャンバスを1枚持ってくるように頼んだ。
だが、しばらくするとまた変わっているのだ。
もう1枚!もう1枚!光の効果が変わるのにしたがって、私はキャンバスを変えながら描いた。
それだけです。理解するのは簡単でしょう。」
簡単でしょうと言われても困りますね。😂
モネは連作にあたって、短時間で手早く風景の印象を記録しました。
「大いなる遊びのこころ」を持って、刹那的な自然の風景と触れ合っていたのではないでしょうか。
もう一つ、モネの「遊びこころ」を理解するエピソードがあります。
モネは池の中で睡蓮の花や葉が狙い通りに綺麗に広がるように、実際は鉢に植えた睡蓮を池に沈めていたそうです。
あの絵はあるがままの自然の写実ではなかったのです。
版画家・小野耕石さんの言葉
モネの絵の理解を深めるために、もうひと方のコメントを紹介します。
小野さんは、抽象画やインスタレーションなど多岐にわたって活躍する方です。
小野さんは、モネについて次のように語っています。
「私は、庭に生えた苔やアトリエの裏の森など、自然から得るものは多いです。
<自然からインスピレーションを受け、僕という人間を通して表現する>
もし僕とモネに共通点があるとすれば、そういった自然との関係性かなと思います。
モネの絵はある意味で非常に写実的ではあるけれど、単に自然美をリアルに表現しようとしている訳ではないと思います。
だからこそ、より人間的なリアルな自然として、観る人に訴えかけてくる。
モネの睡蓮の連作は、水面とそこに映える空、その間に浮かぶ睡蓮と、一種のイリュージョン(錯覚)を描いていますよね。
作風は抽象に傾いているにもかかわらず、妙な脅迫的リアリティも感じさせるのが面白い。」
抽象画家でもある小野さんらしい言葉ですね。
<<より人間的でリアルな自然>>
目指すべき風景画ではないでしょうか。
最後に
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
「日本美とは装飾性、様式性、遊びごころ」
この言葉は日本で画家を目指す人にとって大変貴重な言葉だと思います。
私自身、肝に銘じてやっていきたいと思います。
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