皆さん、”山岳トンネル工事”はどんなイメージですか。きつい、危ない仕事?
最近は変わってますよ。面白いんです。ITなどハイテクも使われています。
これから”山岳トンネル工事”すなわち「物作りの面白さ」をご紹介したいと思います。
騙されたと思ってご一読を。
”山岳トンネル工事”は
何故面白いのか?
私はシニアですが、現役時代は”山岳トンネル工事”の技術者でした。現在も企業や研究会で山岳トンネルの技術者として活動しています。山岳トンネルの面白さに少しお付き合いください。
地方の高速道路では頻繁にトンネルに入りますが、あれが山岳トンネルです。
私は10年ほど前に絵画活動を始めましたが、山岳トンネル工事での物作り体験の影響が大きいと思っています。
山岳トンネルと絵画は一見全くつながりませんが、読み進めるうちに何となくでもご理解いただくと幸いです。
佐藤工業さんがyoutubeに次の動画をアップしていました。山岳トンネルの作り方が良くご理解いただけると思いますので、良かったら覗いてみてください。
山岳トンネル工事の醍醐味は、ズバリ、未知の山中を知恵と総力を結集して掘り進むところです。例えは大袈裟ですが、石原裕次郎の映画「黒部の太陽」に描かれていたあれです。
昨今は技術開発が進み、従来よりも安全衛生面の配慮がされておりますので、山岳トンネルの工事の困難さ、労働の厳しさは格段に低減されています。
しかし、未知との闘いという意味ではそれほど違っていません。その意味では黒部のような山を掘り進むのは現在でも困難でしょう。
今回は、その1として山岳トンネル工事の「事前の調査・設計の課題」とそれに伴う工事の面白さについて書いてみました。
”山岳トンネル工事”の
『事前調査と設計』
なんか専門書のようなタイトルですが、お気軽にお聞きください。だんだんと面白味を分かってもらえると思います。
日本列島の地質と
欧米の地質
トンネルの調査や設計の話に入る前に、日本列島の地質の複雑さについて説明させてもらいます。まず下の図をご覧ください。
日本列島と欧米の地質ー地質関連情報web 全国地質調査業務連合
この図は日本とヨーロッパ、北アメリカの地質分布を比較したものです。岩盤が出来た年代別に色分けしてあります。細かく見てもらう必要はありません。
色の多さ、少なさだけで比較してください。日本の複雑さが際立っているのがご理解いただけると思います。
それは、日本列島が海洋プレートの移動や火山活動でできているからです。まるで生きているみたいですね。
- 日本列島には太平洋側から次々とやってきた岩盤が張り付いて出来ています。これを付加体(ふかたい)と呼びます。動物や珊瑚の死骸で出来た岩盤(チャート、石灰岩)も存在しています。
- 太平洋側からやってきているため、一般に、太平洋側ほど新しく、日本海側ほど古い岩盤です。
- 火山活動によって様々な時代の火成岩があります。火成岩(かせい)とは地中のマグマが冷えて固まったものです。
すなわち、日本では一本のトンネルを掘っている間にも地質が変わっていくことを示しています。
また、日本列島では火山活動やプレート移動による地殻変動の影響を受けており、こんな地質に出会うこともあります。
- 割れ目断層が多い岩盤、変質している岩盤。
- 大量の湧水が出る岩盤。
- 水を含んで膨張する岩盤。
- 高温の岩盤、可燃性ガスが発生する岩盤
トンネルがこのような岩盤に遭遇すると、掘り進めるのはかなり厄介です。
欧米では岩盤面がむき出しになった大きな地下空間を目にすることがあります。それだけ、均一で安定しているということです。
北欧の岩盤内に作られた地下展示場
”山岳トンネル工事”では、
事前に詳細な調査・設計をしない
トンネル工事を発注するのは、国交相や県、NEXCO、JR、電力会社といったところです。
これらの団体が、工事をゼネコンに発注する前に、調査・設計コンサルタント会社などに依頼して事前調査・設計をします。
日本は先に述べました通り、非常に難しい地質条件ですが、詳細な事前調査・設計をしていません。
「噓でしょ」と思われるかもしれませんが、本当のことで、決して手抜きをしているわけでもありません。山岳トンネル工事ではそんなものなんです。
なぜなら山中の地下深部を広範囲に精密に調べるには莫大な費用と時間がかかるからです。そのため、必要最小限の調査にならざるを得ないのです。
例えば、
- 山上の地表面から大規模な調査をする場合には、道がないので、まず道づくりが必要になります。
機械をヘリコプターで運ぶのも大変です。時間と費用だけでなく、道作りは環境破壊にも繋がります。 - トンネルは地中深い場所に建設されるので、地中を調べるのに長いボーリングを何本も掘る必要があります。
何百メートルのボーリングには極めて高度な技術を必要としますので、ボーリングのm単価も高いですし、場合によっては作業が途中で行き止まる可能性さえあります。
そのため、坑口(こうぐち:トンネルの入口・出口)付近を除いて、地中の内部については簡易な調査をしただけで工事をスタートしています。
どんな事前調査をするのか
山岳トンネル工事の事前調査(坑口付近を除く)としては、次のような項目が実施されます。分かりやすいように山岳トンネルの調査を人間の健康診断に準えてみますが、実際に人間と良く似ています。
人間の場合には、そう簡単に身体を切り開いて内部を見る訳にはいかないので、限られた検査が実施されていますよね。
- 現地踏査
山の上を歩いて、山の形や水の流れ、露頭(ろとう:表面に見える)している岩盤の種類やその健全度などを調べます。坑口の断層地形や地滑り地形は要注意です。
人間で言えば、体形や触診などの検査に相当します。過度な肥満ややせすぎ、急な体重の変化には要注意です。 - 弾性波探査(場合によっては比抵抗探査を追加)
山岳トンネル工事では山の上から振動を加えたり電気を流したりして、振動の波や電気抵抗で地中の岩盤の硬さの変化や地下水の多さなどを調べます。
人間でいうと超音波検査やレントゲンのようなものです。
超音波やレントゲンでも異常がありそうだとわかる程度のようですが、弾性波探査なども似たようなものです。
そんなに明瞭にわかるものではないですし、見誤る場合も多々あります。 - ボーリング調査(数本)
上の調査から見つかった問題箇所を地表からボーリングをして、取り出した岩の性状と地下の水位を調べます。ただ、数本だけです。
人間で言うと胃カメラですかね。細胞検査にもあたりますよね。所詮、全ての臓器をカメラで見ることはできません。
ここで申し上げたいのは、山岳トンネルも人間も詳細に調べるのは極めて困難なので、調査や検査に見落としや見誤りがあり得るということです。
人間の場合には、長年検査をしていたにもかかわらずにガンが放置され、分かった時には病状が進んでいたなんてことを耳にします。
山岳トンネルも同様に掘り進んでいくと予想しなかった事態に遭遇することが多々あります。
逆に、ちょっとした変化から病気を見つけて、適切な処置をして患者を助けてあげられることもあろうと思います。それは医者冥利につきることです。山岳トンネル工事でも全く同じことなのです。
事前調査に限界があり未知であること、これが現場で働く者にとって最も面白いところです。
私は現在、臨床トンネル工学研究所という組織で活動しています。この組織の名前が結構好きです。研究所の命名した方の思いが良く理解できます。
どんな事前設計をするのか
詳細な事前の調査も無しに設計をすることはできないだろうと思われるでしょうが、実はその通りです。
掘って見ないと詳細な違いがわからないのですから、詳細な設計のやりようがありません。確かに掘った時点で詳しく調べることはできますが、その度に設計をするために、工事を止めて待っているわけにもいきません。
山岳トンネルでは、支保パターンという理論があります。これは、岩盤の性状をいくつかのパターン(段階)に分けて、それぞれに合った設計(支保)パターンを決めてあるものです。
国交省やNexco、JRなどの発注者によって、設計(支保)パターンに若干の違いはありますが、ほぼ似たようなものです。
事前設計の段階では、上述の不確かな調査に基づいて、おおざっぱにトンネルの〇m~〇mの区間にはCパターンを適用、〇m~〇mの区間にはDパターンを適用という風に設計パターンを当てはめています。
実際に掘って見ると当然合わない場所が多々出てくるので都度変更します。
この変更をうまくやらないとトンネルが崩壊してしまうこともありますので要注意です。かといって、コストの面から必要もなく過大な設計をするわけにはいけません。
現場で働くものにとって日々気を抜けないことですが、それだけ現場で働く者に大きな責任が求められます。それは面白みでもあるのです。
詳しくは「その2」編で取り上げます。🤗
支保(しほ)パターンとは
簡単に、支保工、支保パターンについて説明しておきます。
深い水中のように地中の地盤内では深くなるにつれて大きな力がかかっています。
トンネルを掘るとその外周面に円形方向に圧力がかかりますが、山岳トンネルでは基本的に岩盤が持っている硬さで周囲の圧力に対抗できます。
時々、昔に掘られた岩盤剥き出しの小さなトンネルを見かけたことがあるでしょう。あれです。
ただし、岩盤に亀裂や弱い部分があると強度が足りないので、不足する分だけ支保工で補ってあげます。
下図のように、支保工は吹付けコンクリート、ロックボルト、鋼製支保工の3部材で構成されます。これらの部材を次のように使い分けてパターン化しておきます。
地盤が悪くなると当然手厚い支保になります。(数字は参考値)
- 吹付けコンクリートの厚さを変える 5〜20cm
- ロックボルト(岩盤を縫い付ける)の長さ、配置を変える L=3〜4m
- 鋼製支保工の有無、サイズの変更 H形鋼-125 H150
以上のように、部材が限られているので、急なパターン変更への対応が容易です。
極度に悪い岩盤では、補助工法というものを追加します。これも別の編にて。🤗
”山岳トンネル工事”
のトラブル事例
山岳トンネルでのトラブルの事例は大きくこの2つです。ほぼ100%切羽またはその近くで発生します。
※切羽(きりは)とは、トンネル掘削最先端の岩盤面のことです。
- トンネルの切羽が崩れて、土砂がトンネル内に流れ出ます。
亀裂の多い岩盤や大規模な断層、湧水が多い岩盤では要注意です。山岳トンネルは切羽が最も弱点です。まだ掘っていない切羽の前方の状態を予測するのは困難なので、時々こんな現象がおきます。
場合によっては、地表面まで穴が繋がってしまうことがあります。ニュース番組などで見たこともあるでしょう。 - トンネルが大きく変形したり、酷い場合には、トンネルが潰れます。
これは断層部で良く発生します。対策として、変形が進むのを止める措置をします。変形が大きければ、広げ直して修復します。
岩盤に膨張生がある場合には、変形が進んでしまい潰れてしまうことさえあります。
山岳トンネルで発生したことは、通常は一般人に直接影響しないので、専門誌ぐらいでしか報告されません。そのため、結構こういったトラブルが発生していることを、ご存知ないと思います。
一方、都市トンネルでは、こういったトラブルは地盤沈下や道路陥没につながり、大きな問題になります。
山の中では数cmくらい地盤面が沈下しても何の影響もないですが、地表に民家があったり、地下にやガスや水道管が埋まっている場所では小さな地盤沈下でも大きな問題になります。
都市部では一般に山岳トンネルの方式を採用せず、シールド工法というより安全な方式が採用されます。
ただ短い区間などに山岳トンネル工法を採用する事例もあります。事故例として有名になったのが博多駅前で発生した大規模な道路陥没ですね。山岳トンネル技術者にとっても衝撃的な映像でした。
また最近では、調布の陥没や地盤沈下が有名です。こちらはシールド工法での事例です。より安全だと考えられている工法での事故だけに問題が大きくなっています。
都市部では着工前により詳細な事前調査を実施し、詳細な設計がなされますが、未知な地下での工事には違いありません。残念でなりません。
最後に
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
山岳トンネルはリスクが大きい工事なだけに無事に完成できた時の喜びはひと塩です。
次回は、施工段階での面白さをお話ししたいと考えています。また、お付き合いいただくと嬉しいです。
ところで、先日、高知県の四万十川の近くに建設中の不破原トンネルという現場へ見学に行ってきました。中堅どころのイケメン所長がしっかりとしたコンセプトを持って楽しそうに現場を運営していました。
Youttubeに現場紹介されていましたので、urlを添付しておきます。
施工編もご覧ください。こちらもいいですよ。
他にもいろんなカテゴリーの投稿をしています。
ホーム画面からご確認ください。