皆さん”60年代後半ヨーロッパ映画”をご存知ですか。
私の高校時代(68年〜72年)の洋画は、ヨーロッパかアメリカ映画。
私と友人はヨーロッパ映画の方が芸術性が高く面白いと感じていました。
60年代の、とっておきのおすすめ映画をご紹介します。
”60年代後半ヨーロッパ映画”
高い芸術性
ここでは、時代背景もお話しなら映画の紹介をさせてもらいます。
もしかしたら、より映画の良さをお伝えできるかもしれません。
しばらくお付き合いください。
映画が大好きだった私の高校時代
私の高校時代には、地方の町にもいくつかの映画館があり、2、3ヶ月に1回くらいのペースで新作が2本ずつ上映されておりました。
キネマ旬報などの映画雑誌で下調べをしておき、良く映画館に通ったものです。
私は当時、部活、特にスポーツ部の雰囲気が嫌いで卒業まで全く参加しておらず、また、遊ぶ友人も一人だけでした。
そんな私の楽しみは、映画雑誌を読んだり、友人と映画を観て議論すること、そしてギターを弾くことでした。
今思えばかなり暗いですね。 特に寂しい感覚はなかったですが。(笑)
この頃から映画を通じて、私にも芸術に対するほのかな芽が出始めたように思います。
当時は芸術作品を自分で作ろうなどと全く考えなかったですが、その素晴らしさに強く惹かれていたのは確かです。
大学に入ってからは映画好きの友人と離れたため、映画を観る機会がやや減りました。
しかし、軽音バンドで音楽を楽しむようになり、芸術への興味はますます強くなりました。
そして無謀にも芸術の世界でやってみたいとさえ思うまでになりました。
しかしながら、自分の才能になんの自信もなく、そんなことが許される経済的な環境にもなく、やむなくゼネコンに就職しました。
ただその後も芸術への思いをずっと断ち切れずにいました。
あれから半世紀が過ぎ現在は”第二の人生で画家を目指す”をテーマにして過ごしています。
そのルーツはこの頃に観た映画、特にヨーロッパ映画にあると思っています。
そんな大きな刺激をもらったヨーロッパ映画を是非ともご紹介させてください。
同時代のアメリカ映画にも触れておきますので、違いを感じ取ってもらえたらと思います。
60年代後半アメリカ映画
・おすすめ 7選
分かりやすいように、時代背景とともにご紹介します。
アメリカが、1965年本格的にベトナム戦争に参戦し多くの死傷者が出ていたため、私の高校時代はアメリカ国内はもちろんのこと、国際的にも反戦運動が激しくなっていた時期でした。
そして、アメリカ軍はベトコンとの泥沼のような戦いの末、1973年に撤退します。
日本でも当時、反戦などを掲げた学生運動が大変盛んでした。
ちょうど1972年に「赤軍派による浅間山荘事件」がありました。
60年代後半のアメリカ映画は、そういった時代背景を下に作られました。
いわゆるアメリカンニューシネマと呼ばれるもので、私が映画を観ていたのはまさにこの頃です。
人々は、戦いの無い世界で真の自由を獲得し、自分に正直に生きたいと渇望していた時期ではないでしょうか。
一方、団塊の世代以後の我々の世代は「しらけ世代」と呼ばれるように、あの時代の社会現象を「しらけ」て、良く言えば「冷静に」捉えていたように思います。
そのため、一部のアメリカ映画に対して少し違和感のようなものを覚えていました。
ただし、どれも思い出の一品ばかりです。
- ロミオとジュリエット 1968年
ジュリエット役のオリビア・ハッセーにとにかく惹かれました。
- 卒業 1967年
- 俺たちに明日はない 1967年
- 明日に向かって撃て 1969年
- イージーライダー 1969年
バイクがやたらカッコいい!
社会から外れたピッピーと呼ばれる人たちの話です。
私にとって、特に強く印象が残ったのは次の「真夜中のカーボーイ」と「いちご白書」です。
- 真夜中のカーボーイ 1969年 第42回アカデミー賞 作品賞/監督賞/脚色賞 私のイチオシ
高度成長期の大都会ニューヨークに埋もれながら、スラム街で暮らす2人の男の友情を描いています。
「奥様方に体を売る地方出の大男」と「体の弱い小男」、この二人が極寒のニューヨークで共同生活を始めます。
アメリカンドリームと現実世界の対比を描いています。
この映画は「イージーライダー」のように、社会に対して反抗心を持って自らの生き方を模索する物語とは違います。
アメリカ(世界にも)に次の時代の到来を感じさせる映画でした。
その辺を楽しんでいただけると嬉しいです。
ダスティンホフマンは、「卒業」など他にもいい映画に出演しています。
大好きな俳優でした。
- いちご白書 1970年 私の超イチオシ
当時の学生運動を描いた映画です。
学生運動を通じて知り合った男女のラブストーリーですが、音楽の素晴らしさ、キムダービーの可愛らしさ🤗、ストーリー展開の巧みさがこの映画を一級の映画にしています。
この物語では当時の学生運動を描いており、女の子はその活動家でした。
一方、男の子は学生運動には距離をとる学生でした。
クールに時代を観ていた我々の世代には、そんなカップルの在り方に共感したようです。
私と同年齢のユーミン作詞・作曲による「いちご白書をもう一度」なんて歌がありますね。
それだけ多くの人々の心に強烈に刻まれた映画なのだと思います。
最後のシーンは感動ものです。本当に忘れられない作品です。
60年代後半ヨーロッパ映画
・おすすめ 10選
今の日本ではハリウッド映画が主流ですが、当時は地方の映画館でもイタリア、フランスなど、ヨーロッパの映画が頻繁に上映されていました。
その分、多くの名作にも出会えました。
やや難解な映画も多く、事前の知識がないと意味がさっぱりわからないこともありました。
監督では、ピエル・パオロ・パゾリーニやフェデリコ・フェリーニが強く印象に残っています。
俳優ではこんな人達が名作に出演していました。
- アランドロン
- マルチェロ・マストロヤンニ
- クリント・イーストウッド
- ソフィア・ローレン
- ロミーシュナイダー
イタリア映画(合作共)
- サテリコン 1969年 私のイチオシ
- 王女メディア 1969年 私のイチオシ
- 太陽がいっぱい 日本公開1965年 アランドロン主演
数多くの名優の中でもアランドロンは別格で、多数の名作に出演しています。
中でもこの映画がおすすめです。
単なるイケメン俳優ではありません。
アランドロンの出品作だけを追っても面白いですよ。
- 冒険者たち 1967年 アランドロン主演
- あの胸にもう一度 1968年 アランドロン主演
- ひまわり 1970年 イタリア、フランス、ソビエト連邦の合作映画 私の超イチオシ
冷戦期にソビエト連邦で初めて撮影された西側諸国の映画です。
イタリアからソ連に出兵した兵士(マルチェロ・マストロヤンニ)とその妻(ソフィア・ローレン)の物語。
終戦になっても戻らない夫を探して妻がソ連をおとずれますが、広大なひまわり畑に連れて行かれ、「多くの人とともに、ここに眠っているから諦めろ」と説得されます。
しかし彼女は諦めずに探し続け、なんとか夫と巡り会うことが出来ます。
だだし、残酷にも夫はソ連で別の家庭をもっていました。
妻は一人で逃げるようにイタリアへ戻り、そこから二人の悲哀の日々が始まります。
「多くの兵士たちが眠る広大な美しいひまわり畑」と「素晴らしい映画音楽」が、戦争に翻弄される夫婦の悲哀に強い印象を与えています。
余談ですが、イタリアのソレントでソフィア・ローレンの行きつけのレストランで食事をする機会がありました。
そのお店で、現地の方とソフィア・ローレンの思い出話で意気投合した覚えがあります。映画っていいですね。
- 夕日のガンマン 1965年
クリントイーストウッドは未だに名作を作り続けていますが、この頃から逸材でした。
私は彼の作品の中では「グラン・トリノ」が最も好きです。
- さらば友よ 1968年
フランス映画
- カトマンズの恋人 1969年
イギリス映画
- 時計時かけのオレンジ 1971年 私の超イチオシ
全体主義下の管理社会において、暴力やセックスなど、欲望のままに生きる青年達の物語です。
時代を超えたメッセージを伝える映画です。
繰り返される暴力に反して、美しい映像と奏でられる素晴らしい音楽。これらが映画の魅力を高めています。
主演のマルコム・マクダウェルは、この役柄が視聴者にあまりにも強く刻まれたため、以後の役作りにかなり苦しんだようです。
高校生だった私には大変キツい映画でしたが、私に芸術への憧れを芽生えさせてくれた最大の作品です。是非ともご覧ください。
話は変わりますが、「クイーンのボヘミアン・ラプソディはもしかしたらこの映画の影響を受けて制作したのでは?」なんて考えています。
友人と私が映画を観た高松商店街です。
今はほとんどの映画館が閉鎖されていますが、日本一のアーケード街は健在です。
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